京都地方裁判所 平成3年(行ウ)19号 判決 1992年10月19日
原告
木村萬平
など別紙目録記載の一五名
右訴訟代理人弁護士
中島晃
など別紙目録記載の四名
被告
株式会社京都ホテル
右代表者代表取締役
高橋正士
右訴訟代理人弁護士
田辺照雄
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告は、京都市に対し、別紙物件目録記載の土地を明け渡せ。
被告は、京都市に対し、右土地についてなされた別紙登記目録記載の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
第二事案の概要
一請求の類型(訴訟物)
本件は、被告が京都市との間で平成元年二月二八日締結した、別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)と被告所有の土地との交換契約が無効であるとして、原告らが、京都市に代位して、被告に対し、京都市への所有権に基づき本件土地の明渡し、所有権移転登記抹消登記手続を求める住民訴訟である。
二前提事実(争いがない事実等)
1 当事者
原告らは、いずれも京都市の住民である(弁論の全趣旨)。
2 交換契約
(一) 本件土地は、建築基準法四二条二項に規定する道路であった。
(二) 京都市長は、昭和六三年八月一七日、本件土地につき、京都市告示第一七〇号をもって、道路廃止処分をした。
(三) 京都市は、平成元年二月二八日、本件土地につき、被告との間で、被告所有の京都市中京区河原町二条下ル一之船入町五三七番五六公衆用道路145.72平方メートルの土地(以下、被告所有地という)と交換する旨の契約(以下、本件交換契約という)を締結し、同年三月一三日、被告に対し、右交換契約を原因とする本件土地の所有権移転登記をした。
3 監査請求
(一) 原告らは、平成三年五月二日、京都市監査委員に対し、交換によって本件土地を被告に払下げたことが違法、無効であるとして、被告をして本件土地を京都市に返還させることの措置を求めた(以下、本件監査請求という)。
(二) 右請求に対し、京都市監査委員は、同年六月五日付けで、原告らの右措置請求につき、監査請求期間を徒過していることを理由に、却下決定をした。
三争点
1 正当な理由の有無
当該行為のあった日から一年以上経過してなされた本件監査請求につき、地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」が認められるか。
2 交換契約の無効原因
(一) 本件交換契約の前提としてなされた本件道路廃止処分が無効であるか。
(二) 本件交換契約が京都市公有財産及び物品条例に違反するか。
四争点についての当事者の主張
1 原告
(一) 正当な理由の有無
本件土地は、平成三年四月上旬から事実上通行できなくなったものの、それまでは、道路として、通行の用に供されていた。このため、原告らは本件土地が交換契約により被告に払い下げられた事実を知ることができず、これを初めて知ったのは、平成三年四月一三日の新聞報道があったときである。
したがって、原告らが本件土地の払い下げの事実について監査請求をすることができなかったのはやむを得なかったのであり、一年以上経過したことにつき正当な理由がある。
(二) 交換契約の無効原因
(1) 京都市は、本件土地の道路廃止にあたり、御池通から押小路通への通り抜けができる付け替え道路を被告が設置することを条件としていた。しかし、被告が設置した道路は、右通り抜けができないものである。それにも拘らず京都市長は本件土地の道路廃止処分を行なった。これは、地方財政法八条に違反し、その違法は重大明白であるので、右処分は無効である。
(2) 本件交換契約は、被告が本件土地を必要とするためなされたものである。京都市がとくに被告所有土地を必要としたわけでもなければ、右交換契約が京都市にとり特段有利である事情も認められず、京都市公有財産及び物品条例五条一項各号に該当しない。したがって、右契約は、右条例に違反する。
2 被告
(一) 正当な理由の有無
本件土地土地の道路廃止処分は、昭和六三年一〇月一三日、京都市公報によって告示され、なんら秘密にされることなく公然と本件土地交換契約が締結されたうえ、平成元年三月一三日、所有権移転登記がされている。したがって右交換契約は秘密裏に行なわれたわけでなく、住民が通常の注意をもってしてもその違法または不当を発見できないために一年の期間を経過したものではない。また、天災地変等の不可抗力的事情もない。したがって、原告らには、監査請求期間徒過につき正当な理由がない。
(二) 交換契約の無効原因
(1) 京都市は、本件土地の道路廃止にあたり、御池通から押小路通への通り抜けができる道路の設置を条件としていない。したがって、本件土地の道路廃止処分には違法、無効原因がない。
(2) 本件交換契約は、本件道路廃止の対象から外された部分に加え、これに接続する新設の位置指定道路の敷地の所有権を京都市が取得し、同市がこの道路を一連の公衆用道路として管理する必要から、京都市公有財産及び物品条例五条一項一号に基づいて行なわれたものである。したがって、右条例に違反するものではない。
五争点に対する判断
1 正当な理由の有無について
(一) 地方自治法二四二条二項本文は、同条一項の規定による監査請求が、当該行為のあった日または終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない旨を定めている。これは、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為は、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るのは法的安定性を損なうとして監査請求の期間を定めたものである。しかし、同項但書は、「正当な理由」があるときは、この例外として当該行為のあった日から一年を経過した後でも、住民が監査請求をすることができるとしている。したがって、この「正当な理由」があるときとは、当該行為が犯罪行為の介在などにより住民に隠れて秘密裏に行なわれ、一年を経過してから初めて明らかになった場合などのように、住民が相当の注意力をもって相当な方法により探索しても客観的に当該行為の探知が不可能であった場合を指す。当該行為の存在は明らかであり、かつ住民が相当の注意力をもって調査をすれば、その行為の存在自体からその違法性を発見することが可能である場合には、正当理由があるとはいえない(最判昭六三・四・二二判時一二八〇号六三頁参照)。
(二) 弁論の全趣旨によれば、被告と京都市との間の本件交換契約は、所定の手続を経て、公然と行なわれたものと認められる。本件全証拠によるも、これが、犯罪行為の介在などにより住民に隠れて秘密裏に行なわれたとの事実を認めることができない。
また、仮に、本件交換契約が違法、不当なものであったとしても、本件全証拠によるも、違法、不当な点が殊更に隠蔽、仮装してなされた等の事情を認めることができない。
したがって、右交換契約締結日ないし本件土地の所有権移転登記日から一年以上経過した後に原告らの監査請求がなされた点につき、正当な理由を認めることができない。
(三) これに関し、原告らは、このように主張する。①本件交換契約後も、本件土地は依然として人々の通行の用に供されていた。②平成三年四月一三日に至って初めて新聞紙上でこの問題が採り上げられた。③それまで、原告らには本件交換契約締結の事実を知るすべもなかった。④たとえ右契約締結が公然と行なわれたものであるとしても、本件交換契約の問題点を知ることができなかった。したがって、監査請求期間経過につき正当な理由がある。というのである。
しかしながら、弁論の全趣旨により、本件土地の道路廃止処分は昭和六三年一〇月一三日に京都市公報により告示され、これに基づき本件交換契約も所定の手続にしたがい公然となされた事実が認められる。そうすると、右交換契約は秘密裏に行なわれたものでないから、住民が相当の注意力をもって調査すれば、その契約の存在及びその存在自体からその違法性を調査発見し得る性質のものである。したがって、原告らが監査請求の期間を徒過したことにつき、正当な理由があるとは認められない。
とすれば、たとえ原告ら主張の右①、②の事実があるとしても、同③、④のように原告らが本件交換契約の存在、その問題点ないし違法性を知りえなかったとはいえないのであって、原告らに右正当な理由を認めることができない。
この他、正当な理由となる事情について、原告らにおいて主張がないし、これを認めるに足る的確な証拠もない。
したがって、原告らの監査請求は、地方自治法二四二条二項の要件を欠くものである。
2 結論
以上のとおり、本件訴えは、いずれも適法な監査請求を経たものということができないから、地方自治法二四二条の二第一項の要件を欠く不適法なものである。よって、その余について判断するまでもなく、本件訴えを却下する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官中村隆次 裁判官佐藤洋幸)
別紙当事者目録
原告 木村萬平
同 澤井清
同 岡田真弓
同 中原俊平
同 長野幸政
同 杉原昌治
同 古田房之
同 植田禮一郎
同 佐藤和夫
同 中川洋治
同 木下五郎
同 金井弘
同 前田秀敏
同 原田専助
同 福岡義典
右原告ら訴訟代理人弁護士 中島晃
同 飯田昭
同 佐藤健宗
同 籠橋隆明
別紙物件目録
宅地 256.42平方メートル
(現在は合筆により同町五三七番四の土地の一部となっている)
別紙登記目録
京都地方法務局平成元年参月壱参日受付第八〇九弐号所有権移転登記
原因 平成元年参月壱壱日交換
所有者 京都市中京区河原町通二条南入一之船入町五参七番地の四
株式会杜京都ホテル